こんな時代になってクラシック音楽業界は矛盾点と戦わなくてはならない気がしています。ピアノや音楽を習うということは、基本的にクラシックから学ぶことが王道とされています。あの角野隼斗さんでさえ音大(ピアノ科)で学んでないことをやはり気にされているとさえ聞きました。やはり音大で音楽を学ぶ、ということは、何か大きな壁のようなものが存在するということのようです。音大とは言わないまでも、若い10代に専門的に毎日毎日何かを犠牲にしてピアノ演奏に取り組む(何時間も練習する)ということは、その頃何かに夢中になり取り組んだことを自分の人生に当てはめて考えてみても、今でもとても大きな財産になっていることに気づきます。
Chat GPTに聞けばなんでもすぐに答えてくれる。SUNOに投げかければ20秒もかからず一般人には区別つかない音楽を圧倒的なクオリティで生成してくれる。という時代にですよ、ピアノ1台の調律は最低でも1時間くらいはかかるわけです。
どんだけアナログな、貴重な時間なのかということを毎日毎日実感するわけです。今や面接の履歴書もチャッピーに聞くのは当たり前。みんながみんな同じ答えを記入するとある人から聞きました(笑)この辺りもいたちごっこなんでしょうね。
ピアノが上手くなるにはレッスンに通ったり楽譜を見ようが、YOUTUBEで学ぼうがやはり、練習が必要ですよね。無駄なことなど何もない、現実は無駄なことだらけで時間をかけて少しづつ上達していくものなんだと思います。そんなことを今の時代に子供の頃からやっているというのはすごいことだと思うんです。そりゃ、ゲームやネットした方が楽しいし楽に決まってる。大人だってハマってる。みんなうつむいてスマホいじってる。こんな便利で簡単で楽なものが溢れている世の中において、お客様宅で毎日何時間も練習しているという話を聞くと、本当に感心します。いや、ほんの少しでも、練習しているだけでもすごいことなのかもしれない。とそんなことを思う今日この頃でございました。


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