心が音となる



最近また調律が面白くなってきました。明らかに音色も、ついこの前と変わって来たと感じます。同じものを使ってもです・・

たかが「調律」なんですけど、実際何も分かっちゃいない。知れば知る程にとんでもない世界だといつも思います。

やる気満々の時、やる気がないとき、自信がある時、自信がない時、思い上がって勘違いしている時、イヤなやつになっている時、世の中を生きやすいと感じるとき、生きにくいと感じるとき、すべて音になって表れてしまいます。「結局は人間性だ」というのはその人の生き様すべてが音になると言っても過言ではないと思います。やるべきこと、方向性を見失わないで、迷いがなくなったときは迷いのない芯のある音になります。

これは演奏や調律のことだけではなく、楽器造り、楽器選びから始まり、音楽に携わるすべてのことにも当てはまると思います。このことは音楽にきちんと取り組んだ時に実感するのです。今、また、ギターを少し弾き始め、感覚も徐々に復活しつつあります。年を取った分、以前と違う部分の感性も、磨かれだしました。驚きの連続です。

自分が弾く楽器を、自分がその音楽を表現する為に(したいことを)自分で納得のいくまで調整する(してもらう)ことがいかに大切なことか・・

すべてはそこにあるのかも・・

調律師も音楽やってないとその辺りの感性が衰えるんだと実感・・・

一ヶ月坊主にならないようにがんばるぞ〜〜

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